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どうしたら面白い文章が書けるようになるのか?

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面白い文章って何だろう?

と、ときどき考えるのですが、よく分かりません(笑)

 

論理的で分かりやすい文章なら書けるかもしれませんが、

読むのに問題の無い文章なら無条件に読みたくなるかと言えばそういうわけでも無いですし。

自分が面白いと思うものが、他の人には全く興味のわかないものだったりしますしね。

 

とはいえ、文章力は向上できる能力と言われていて、

特にインプット(読むこと)量が多い人は、文章を書くのもうまいのです。

私もまあまあ読書をする方ですが、しかしそれだと文章が本っぽくなってしまうのです。

私はメルマガを書くので、もっとメルマガに適した文章が書ければなあと思っています。

 

それで、他の人のメルマガを読むことはすごく勉強になると思い、

いくつか登録して読んでいて、特に面白いと感じた箇所はノートに書き写すことを習慣にしています。

 

その中でも雑談がうまいなあと思うのが川嵜さんのメルマガです。

文章を読むのが苦手な人でも、全く苦にならず毎回読み通せると思います。

メインテーマはビジネスで、そっちももちろん勉強になるのですが、

面白い文章を学ぶための良い参考になると思うので、気になる人は一度読んでみてください。

リンクを貼っておきます。
http://www.ntcoach.net/cyfons/cf/f67a

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なぜモンテッソーリ教育はいじめを防止できるのか?

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先日、東京モンテッソーリスクール学長の伊藤 政倫先生にお話しを伺いに行ってきました。

そもそもは、私がモンテッソーリ教育に興味を持ち、
ネットでモンテッソーリ教育の学校を調べていたら、
6歳以下が対象の園は多いのに、小学校以上がとても少ないことに気付いたのです。
そこで、モンテッソーリ教育を行っている小学校を調べた結果検索にヒットしたものの一つが、
最初に書いた東京モンテッソーリスクールだったのです。

この学校のサイトの面白いところは、
学長の伊藤先生が昔、国会議員選挙に挑戦するも敗れ、無一文・無職になった後、
モンテッソーリ教育に出会い、お金と英語に苦労しながら、
モンテッソーリ教育の認定教師になるべくヨーロッパで勉強する生活が、
生き生きとブログに描かれていることです。

人生が波乱万丈で、すごく面白いストーリーになっています。
それは伊藤先生の復活力があってこそなんですけど。

そんな伊藤先生のサイトやブログ記事の中で、
私はいじめについて書かれてある箇所がいくつかあることを目ざとく見つけました。

モンテッソーリ教育は子どもの個性を伸ばします。
しかし、個性的な子は一般的にいじめを受けやすい。
それを心配する保護者は多いものです。

しかしそのサイトでは、
「「人と違う」ことで、いじめに発展することはありません。」
と書かれてありました。

私は、
いやいや、そんなの理想論でしょ?
と正直思いました。

また、ブログのある記事では、
ヨーロッパで、ある女の子がいじめられている場面があります。
モンテッソーリの先生はその子が泣いているところに来て、
いじめられた時は「あっちへ行け!」って言うの!
と教えていたそうです。

ヨーロッパではそれでいじめが改善するそうです。
日本でそんなこと言ったら、むしろ悪化すると思います。
ただ、日本と欧米ではいじめが違うとは聞きますから、
何かあるのかもしれません。

そこで、伊藤先生に直接会って色々聞いてみよう、と思いました。
そこで私からアポを取って、伊藤先生とお話しする約束をしました。

当日、私は港区にある東京モンテッソーリスクールへとやってきました。
平日でしたが生徒は既に帰宅した後で、
伊藤先生一人が温かく出迎えてくれました。

教室で話しましょうということで、教室に入ると、
モンテッソーリ式のお道具がたくさんあり、
もはや別世界に来たような気分になっている私に、
伊藤先生は子ども用の椅子を勧め、
伊藤先生も同じような小さい椅子に腰かけ、
これまた子ども用の小さなテーブルを挟んで大人二人が向き合う形になりました(笑)

しかし重要なのは話しの方です。
3時間に渡る対談の中で、かなり重要な気付きが得られたので、
それについてこれからお話しします。

そもそも今回の対談のきっかけは、
私が伊藤先生の書いたサイトを見て、
いじめにおける日本と海外の違いについて疑問を持ったからです。
なぜヨーロッパでは「あっちへ行け!」でいじめが解決するのか?

その違いを生むもとは、子ども達の気質の違いにあるようです。
伊藤先生がヨーロッパの子ども達に出会って驚いたことの一つは、
彼らはそこにおやつがあると我先にと、取り合いになるそうなのです。
「じゃまだ、どけっ!」みたいな。
そういう時、ある子が誰かを殴ったとすると、
周りの子は一斉に殴られた子の味方をし、殴った子を非難するするそうです。
だから、いさかいはあるけど、いじめまで発展しないのだと。

なぜヨーロッパの子どもたちは弱い子の味方をするのか?
それは実はヨーロッパの歴史と深く関係していたのです。

国の歴史というのは、その国の国民の人生と相似象になっている、
つまり似ている、
という見方があります。

ヨーロッパの歴史では戦争ばっかりしてます。
しかし、今でもたくさんの国々に分かれています。

そんなに戦争ばかりやっていたら、いずれヨーロッパを統一する国が出てきても良さそうなものです。
というか実際そうなりかけたことが何度もあり、
例えばナポレオンやヒトラーがそうです。

ではその時ヨーロッパはどう動いたか?
フランスやドイツが拡大するのを嫌がり、
普段は仲の悪い国々が同盟を組んで、大国の台頭を妨げたのです。

第二次世界大戦の時期には、イギリスはドイツの進撃を抑えるため、
ライバルだったフランスに対して大幅に譲歩し、同盟の構築を優先しました。

なぜそこまでヨーロッパの国々は一国の台頭に対して強く嫌悪するか?
それは自分の好きなように生きたいという意識が強いからです。

一国によって統一されれば、全ヨーロッパが一つの同じルールで支配されることになります。
しかし、それだと自分の個性が発揮しづらくなってしまいます。
それがどうしても嫌なのです。

そういう意識は国民一人一人にあり、それは国民の集合体である国にも現れているのです。

その意識は子どもの時点で既に持っているようです。
みんな自分の個性を大事にしようとします。
だから、強い権力者が出てくると息苦しくなるので、
みんなで協力して権力の増長を防ごうとします。
いじめが権力を得る手段になることをみんな直感的に分かっているのです。

だから、「あっちへ行け!」と言ったら、
いじめっ子が権力を大きくしようとしていると、周りに呼びかけることになり、
被害者の元にいじめ反対派がたくさん集まるわけです。

これが日本だとどうなるか?
そもそもみんな、強い個性や主張が無いし、個性を守りたいという意識も弱いです。
だから自分の保身が第一になり、いじめがあっても見殺しにします。
だからいじめから身を守るには、友達が必要になるのです。

ヨーロッパなら友達じゃなくても、いじめっ子の権力増大を防ぐために行動しますが、
日本では個人的なつながりが無いとだめなのです。

モンテッソーリ教育は子どもの個性を伸ばすと、さっきも書きました。
その中で自分の個性も、他人の個性も大切にする意識が育つのです。
そしてそれがいじめの防止につながる。

今回の対談では、ヨーロッパの歴史にまで話を広げることで、
いかにモンテッソーリ教育といじめの防止が関連しているのかを学ぶことが出来ました。

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これまで植物だった人間は今後動物になっていく

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受験と言えば、最近多いのが
将来AIが発達して仕事がなくなるっていうけど
じゃあ学校行く意味とかあるの?
という受験生たちの戸惑いです。

実際既に事務作業も自動化が進んできていますし、
色々な仕事でAIの波は押し寄せてきています。
手術だってロボットがやる病院も出てきています。

なぜAIがそんなにもてはやされるのかというと、
作業効率が良くて、正確で、人間関係のトラブルがなく、給料を払わなくていいからです。

こういった理由から、AI化は今後も進んでいくと考えられるので、
今ある仕事が将来的になくなると予想されているわけです。

ではこれからどうやって生きていけばいいのか?

そこでまずは、生きるということ、つまり原点に立ち返ってみましょう。

我々は生物です。
生物は栄養を外部から取り込み、それをエネルギーとして活動します。
エサを食べ、敵から逃げ、子を産みます。

多くの生物は競合という問題を抱えています。
それは限られたエサや縄張り、配偶者を巡って取り合いになるということです。
これは同種はもちろん、同じエサを食べる他の種との競合も存在します、

同じエサ、同じ場所、同じ異性が欲しいから競合になるのです。

では人間とAIはどうでしょうか?
AIに仕事が奪われる、という表現もありますが、
本当に競合しているのでしょうか?

確かにAIによって職につけなくなる人は今後出てくるでしょう。
もしかしたら今の会社をクビになるかもしれません。

しかし、逆に考えると、今後人間は働かなくてよくなるということです。
人間が生きるのに必要な食料、住居、衣服、各種インフラ等は全部AIにやってもらえばいいのです。
生きるのに必要なものがあれば、人間は生きていけます。
働かなくても、衣食住が提供されるのですから。
言われてみれば当たり前のことです。

人間は自分が食べるものを育てて生産しますが、
ライオンはエサを育てたりせず、捕まえて食べるだけです。

生産しなくても消費しているだけで生きることはできます。

生物学では生産者と消費者という分類が存在します。
生産者とは主に植物のことで、太陽の光エネルギーを吸収して有機物を作ります。
消費者は生産者が作った、エネルギーが蓄積されている有機物を食べます。
シマウマは草を食べます。だから消費者です。
そしてシマウマを食べるライオンもまた消費者です。

人間はこれまで何かを生産し、そして消費してきました。
そしていつの日か、何かを生産しない人は生きられないと思うようになりました。
AIが発達し、生産に関しては人間が働く必要はなくなっていきます。
だから生産を行えなくなったら生きていけないと恐れているわけです。

見方を変えてみましょう。
これまでの人間は植物だったのです。
自分で生産して自分で消費する。

でもこれからは動物になってみてはどうでしょう?
生産することを捨て、消費者として生きるのです。

実際既に消費者として生きる人も増えてきています。
YouTubeのゲーム実況者はゲームを消費しています。
ファッション雑誌の読者モデルは服を消費しています。
食べロガーは飲食店で料理を消費しています。

これらは一人の消費者として消費を楽しんでいるのです。
そしてその消費活動に共感する人が集まってきて、一緒に消費を楽しんでいるのです。

これからの時代は消費者のリーダーになる人に力が集まります。
消費者が共感し憧れる消費者がリーダーになるのです。

話がどんどん長くなりそうなので今日はこの辺で。
ありがとうございました!

 

PS,

人間とAIは競合するのかという問いの答えですが、
本文中で入れるタイミングを見失ってしまったのでここで話します(笑)

結論から言うと競合しないです。
なぜなら人間が生きていくのに必要なものは
AIが生産してくれれば働かなくても手に入るからです。

そしてAIに必要なものはお米や肉ではないからです。

でもそれはもっと先の話で、
過渡期である今は普通にニートしてたらまずいでしょうね。

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傍観者とフランス議会

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傍観者もいじめ加害者だ。
と、どこかで聞いたことがあるかと思います。

まあ傍観者といっても、ただ関わらないように遠くで見ているだけなのか、
加害者といっしょになっていじめに軽く参加して楽しんでいるのかで厄介さが変わるので、
傍観者をどう定義するかで話が多少変わってくるんですけど。

それで、傍観者も加害者だとして、
それを被害者側から見たらどうなるかということです。

いじめ=悪
加害者=悪
傍観者=加害者=悪

クラス全員悪いやつ!!
誰も助けてくれないんだ!
全員敵だーー!!

ってなっちゃいます。

でも実際は、傍観者は傍観者なんです。
なぜなら傍観者を味方にする必要があり、完全に敵視してしまうのはまずいからです。

 

革命期のフランス議会には、
革命推進派(改革派=左翼)と反革命・王党派(保守派=右翼)の二派がおり、
法案を巡って激しく衝突していました。

しかし、実は第三勢力として中道派というものがいて、
実際には彼らがどちら側につくかで、各法案の可否が決定していました。
ですので、左翼も右翼も中道派を味方に付けられるように演説や活動を行っていました。

学校のいじめにおいては
スクールカーストの上側が下側を攻撃しているという構造なので、
被害者側はフランス議会よりも戦いづらいのですが、
大事なことは傍観者(中道派)をどうやって味方に付けるかということです。

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人類が昔は平等だった理由

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人間は生まれながらにして平等、とは言いますが、
実際世の中を見てみれば貧富の差はあります。

日本だと生存権があるので、
お金がないからといって死んでしまうことはほとんどないですが、
海外だと、十分な食糧や医療を得られず、
お金がないために命を落とす人はたくさんいます。

現代の社会には明らかに不平等が存在しますが、
実は昔はそうではありませんでした。

昔、といっても、人類が農耕を始める前、
狩猟採集で生活していた時代のことです。

農耕は今では当たり前ですが、
人類としての歴史で見れば、圧倒的に狩猟採集時代の方が長いです。

狩猟採集時代は人口が少なく、
数十人の小さな群れで、移動しながら暮らしていました。

そして、その時代は貧富の差がありませんでした。
だれかが狩りですばらしい活躍をしても、
獲物はみんなで山分けしました。

さらに群れには強力なリーダーもいませんでした。

どうして狩猟採集時代の人類は平等な社会を築けたのか?

1つは食料の保存がきかなかったからです。
肉を独り占めにしても、どうせ腐ってしまいます。
だったらみんなに分けて人間関係を良くした方がいいです。

しかし、より大きな理由は別にあります。

それは、トップになろうとした人を大勢で引きずりおろしたからです。

なぜそんなことになったかというと、
トップになればその人に富が集まりますが、
その群れの他のメンバーはその分収入が減ることになります。

だから、大勢で結託してトップを殺したり、群れから追い出したりしました。

これが、嫉妬です。
このような小さな集団では、自分より上の人を追い落とすことは、
自分の生活を守る上で有効でした。

それと、
働かないのに食料だけ平等にもらおうとする怠け者も
同じように追い出しました。

こちらはチーターの排除です。

狩猟採集時代はとても厳しい環境です。
群れから出て一人で生きるのは不可能でした。

また、他の群れに移ろうとしても、
よそものを警戒して群れに入れてもらえなかったり、
そもそも群れと群れの距離が遠くて移動が大変だったりで、
群れから追い出されるというのは、ほとんど死んだも同然でした。

だから、多くの人はトップになろうとせず、
山分けに応じたというわけです。

ただ、稀に強いリーダーが現れて成功する例もあったらしいのですが、
それは全体で見たら少数派です。

強いリーダーが現れるようになるのは、
農耕が始まってからです。

食料が備蓄できるようになったことで、富の蓄積が可能となり、
貧富の差が出てきました。

また、農耕はみんなで仕事のタイミングを調整する必要があるので、
それができる強いリーダーも出現しました。

ということで、
昔の平等な社会というのは、理想郷というより、
嫉妬と暴力の支配する小さな集団だったわけです。

ところで、学校のクラスは、
どちらかと言えば狩猟採集型の社会だと言えます。

人数も数十人ですし、クラスのメンバーは1年以上固定で
長時間一緒に生活するからです。

だから、注意が必要なのです。
人間の本能には狩猟採集時代のなごりがまだ多く残っています。

人より活躍すれば嫉妬され、
みんなと違えばチーターとして排除されます。

狩猟採集社会である学校では、
これがいじめとなって現れやすいのです。

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友達が出来る話しかけ方とその時やるべきこと

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人に話しかけるのはなかなか緊張するものです。

家族になら普通にできる事が、他人だと難しくなります。

そこで今回は人に話しかける方法と、その時やるべき事を解説していきます。

 

まず、話しかける時の最初の第一声は挨拶がいいでしょう。

なぜなら、一番難しい最初の第一声がそれで済んでしまうからです。

挨拶さえ通ればその後に会話を続けるのは簡単になります。

 

家族でも、おはようの挨拶をすると思います。

学校でも、やることは同じです。

その日最初に会った場合は挨拶をしましょう。

 

挨拶にも色々ありますが、

その時間帯、その場でよく使われるものを選びましょう。

「あはよう」「こんにちは」「おつかれ」「やあ」「よっ」とかです。

 

それと相手との関係性にも注意してください。

クラスメイトに挨拶するなら「おはよう」ですが、

先生に挨拶する時は「おはようございます」と変えます。

 

挨拶ができれば、その流れで向こうから話を続けてくれることもあります。

そうなれば楽に会話ができます。

 

また、挨拶する際にやっておくと

その後の会話で失敗するリスクを大幅に減らせるものがあります。

 

それは相手をよく観察することです。

 

挨拶の後は会話につなげやすいですが、

会話しない方が良い場合もあります。

それは、相手が急いでいる時や機嫌が悪い時です。

 

まず、ほとんどの人は急いでいる時に

ただのおしゃべりなんかしたくないと思います。

だから、こちらが勇気を出して話し出したとしても

「ごめん、今急いでるからまた今度」

と言われてしまいます。

 

そうならないために、挨拶した時点で相手が急いでいるか観察します。

一目で忙しそうにしているのが分かる時はもちろん、

歩く速度がいつもより速かったり、

挨拶してもすぐに目線をそらされたりしたら、

その場は挨拶だけで終わりましょう。

 

次に、相手が不機嫌な場合です。

誰しも機嫌がいい時もあれば、機嫌が悪い時もあります。

相手が不機嫌な時に話しかけると、

相手はイライラした感情をこちらに向けてくることもあります。

そうなると関係が深まるどころか、お互いに悪い印象を持ってしまいます。

 

もし以前そんなことがあったとしたら、

それはただ相手が不機嫌だっただけだと考えればいいですが、

あえてタイミングの悪い時に話しかける必要はないので、

相手の機嫌の良し悪しを観察して、

機嫌の悪い時は必要以上に話しかけないようにしましょう。

 

そして、挨拶がうまく済み、相手の機嫌が良さそうなら、

何か会話を振ってみましょう。

 

もし前にその人と話した時の話題で

何か新しく話せることがあるならそれがいいです。

 

例えば以前あるテレビ番組のことを話したなら、

今回は最新の放送について感想を聞いてみるといいでしょう。

 

そういった話題がなければ、最近あったことでもいいです。

何か面白いことがあれば、それを誰かに話したくなりますよね?

だから、最近の出来事を話すというのは自然なことです。

こういう時のために、日常の出来事で何か人に話せそうなものがないか

アンテナを張っておくのです。

 

それから、相手の変化にコメントするのも喜ばれます。

髪を切ったり、文房具が新しくなったりしていたら

そこを指摘して、さらに「似合ってるよ」「かっこいいね」

などと言って褒めると、相手はいい気分になります。

 

それから、相手に質問するのもいいです。

質問内容は例えば、今朝先生が何といっていたか、といった単純なものや、

相手の得意なことを聞けばいいです。

何かを人に教えることは、多くの人がやりたがることなので、

その心理を刺激するのです。

 

ここまでで色々と説明してきましたが、

一番大事なのは自分がリラックスすることです。

 

こちらが緊張していると、それが表情や声に表れます。

すると相手もそれを感じ取って緊張してしまい、

会話がぎこちなくなってしまいます。

 

緊張の理由にも色々あるかと思いますが、

とにかく慣れです。

 

まずは無理して会話をしようとしないで、

挨拶だけしっかりできるようになりましょう。

 

挨拶だけでも練習になりますし、

相手との関係性を深めることができます。

挨拶が出来る関係なら緊張も軽くなりますし、

相手の印象も良いので、会話もしやすくなります。

 

コミュニケーションは、ちゃんと実践すれば経験が積まれて

誰でも上達します。

 

失敗しても、そこから学んで次に活かせばいいだけです。

毎回、練習だと思ってリラックスして取り組みましょう。

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怒りのコントロール

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誰かに殴られたり、悪口を言われたり、嫌がらせをされたりしたら、

きっと怒りの感情が湧いてくると思います。

 

それは本能であり、自然な感情です。

 

ただ、社会生活をする上では、

怒りをそのまま表に出してしまうと

色々とまずいことになります。

 

いじめを解決する上でも、

怒りに振り回されていては

状況を改善するのが難しくなります。

 

とはいえ、怒りは強力な感情です。

分かってはいても実際に制御するのは簡単ではありません。

 

私もいじめられていた子どもの時は、

よく怒りが沸き上がってきて、

短気を起こすこともしばしばでした。

あと、よく泣いてた(笑)

 

それで、怒りへの対処法なのですが、

まず、思いつくのが怒りを無理やり抑え込んで我慢することです。

 

確かにこの方法は手っ取り早いかもしれませんが、

ストレスも大きく、精神面に良くないです。

 

うまくストレスを発散できず溜め込んでしまうと

病気になることもあるし、

ある時溜まった怒りが暴発する恐れもあります。

 

そのため怒りには別のアプローチが必要です。

その方法は、

怒り(感情)よりも思考に意識を向けることです。

 

怒りで頭がいっぱいの時は、冷静な判断が難しくなります。

これは意識が思考ではなく怒りに囚われているからです。

 

怒りを感じた時こそ、思考に意識を向けてください。

この時何を思考したらいいかというと、

現状認識です。

 

今自分の置かれている状況。

何に自分は怒りを感じたのか?

また、それはなぜなのか?

相手はなぜそんな事をしたのか?

 

といったことを考え、識別できれば、

怒りではなく思考で状況に対処できるようになります。

 

怒りとはそもそも困難な状況に対処するための精神状態です。

攻撃的になることで問題を解決しようとします。

 

大昔ならこの本能はうまく機能していたでしょうが、

現代はそのころと環境が違います。

 

攻撃的になったところで状況がさらに悪化することも多々あります。

 

現代人にとって怒りのコントロールは社会生活を送るための

必修科目と言えるかもしれません。

 

私も完全に怒りをコントロール出来ているわけではありませんが、

子どもの頃に比べれば怒りに支配されることがずいぶんと無くなりました。

 

怒りを感じた時こそ成長のチャンスと思って、

意識を思考に向ける訓練をしていきましょう。

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吉田松陰の勉強法

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先日用事があって山口県へ行ってきました。

3泊4日の旅で、山口市にある湯田温泉という温泉街で宿泊しました。

山口での最初の夜、大浴場でお湯に浸かっていたら隣のおじさんに

「どこから来たの?」と話しかけられました。

話していくと、そのおじさんは近くに住んでいる現地人で、

このホテルの温泉が好きで毎日通っていることが分かりました。

さらに、そのおじさんは大のクラシック音楽愛好家で、

全国のコンサートに出向いては演奏家のサインをもらっているそうです。

私がヴァイオリンをやっていることを知ると、

これまでに行ったコンサートの話をたくさんしてくれました。

(私はお湯に浸かりすぎてのぼせそうでした。)

話はクラシックの将来に移り、

クラシック音楽を残していくためにも、

若い人に無料でチケットをあげて、一緒にコンサートに行ったりして

次世代を育てていかないといかんよね、

みたいなことを話しました。

ちなみにその方、年間で100回もコンサートに行っているそうで、

お仕事は何をされてるんですか?と聞いたら、

団地の管理をしていて時間があるんです、と答えてくれました。

ただ、若いころはアパレル業界で働いていて、

それがまた厳しいところで、

体罰やいやがらせがあり、いじめに近い状況だったそうです。

そのころからクラシックのコンサートには行っていたみたいで、

仕事とは別の世界を持っていたことが彼の救いになっていたのだと思います。

 

クラシック好きのおじさんと話した日の2日後、

用事が午前中で済んだので、山口市より北にある萩に観光へ行きました。

萩といえば吉田松陰です。

吉田松陰は幕末・明治に活躍した偉人たちを育てた人です。

2015年には大河ドラマ「花燃ゆ」で取り上げられています。

吉田松陰は萩で松下村塾という塾を開いて塾生を育てました。

その塾生には、久坂玄瑞、高杉晋作、山縣有朋、伊藤博文など

幕末の志士や明治の政治家、軍人がいます。

なぜ吉田松陰は歴史にこれほどのインパクトを与えられたのか。

そもそも、吉田松陰自身は明治維新に直接関与していません。

鎖国の禁を破ってペリーの黒船に乗って海外視察をして、

最新の技術を日本に持ち帰ろうとはしました。

結局ペリーに断られて未遂に終わるのですが。

彼の真の力は人を教育することにありました。

感化、と言った方がいいかもしれません。

彼に関わった人の中には命を落とす者も多く出ました。

彼らは危険なのは分かっていました。

分かった上で、使命、志のために命を懸けたのです。

吉田松陰は、塾生の中に眠る志に火を付け、使命に目覚めさせたのです。

そして本来なによりも大事な命すら、使命のために投げうたせてしまったのです。

もちろん志だけでは現実うまくいかないので、

塾生の能力を伸ばすことも重要です。

吉田松陰は人の才能を見抜く能力があり、

その才能に合わせて一人一人教育の仕方を変えていました。

だからこそ多様な人材が松下村塾から輩出されたのです。

吉田松陰の教育は基本的に塾生に合わせて変えられましたが、

共通して指導していたものもありました。

それが抄録(しょうろく)です。

抄録とは、

本を読んだときに、自分が勉強になったと思う箇所を

自分のノートに書き写すことです。

こうすることで、

ノートを見返せば、圧縮された情報を復習することができます。

また、昔のノートを見れば、過去の自分がどれくらいのレベルか分かるので、

自分の成長を目に見える形で確認することができます。

吉田松陰はこうした塾生のノートを見て、塾生の興味やレベルを確認したり、

塾生との議論のきっかけにしていました。

この抄録、私も実践しています。

抄録用のノートをいつも持ち歩いていて、

本を読んだり、アイデアを閃いた時に日付と一緒にメモしています。

抄録は書き写しに時間がかかるのですが、

自分の成長が促進されるのが実感としてあるので

ずっと続けています。

吉田松陰は、読書にかけるエネルギーの半分を抄録に使うように言っています。

それと、抄録のもう一つのメリットは、

アウトプットを前提としたインプットが出来るようになることです。

インプットとは本を読んだり話を聞いたりして情報を吸収すること。

アウトプットは逆に自分の思いや考えを文章や言葉などで表現することです。

普通の人は本を読んでもインプットだけで終わってしまいますが、

作家やお笑い芸人などはアウトプットが仕事です。

ですが、何もないところからはアウトプットできないので、

インプットも重要になります。

彼らはアウトプットのネタになるものを探しながらインプットを行います。

すると、感覚が鋭くなり、より多くの情報を吸収できるようになります。

吸収力が高まれば、成長も早くなります。

これを私達でも取り入れる簡単な方法が抄録です。

本を読みながら、どこをノートに書き写そうか意識しながら読むことで、

アウトプットを前提としたインプットができ、

大きく成長できるようになります。

アウトプットは抄録であれば書き写すだけなので簡単ですが、

他にも、誰かに話したり、メールしたりしてもアウトプットになります。

とにかく優れた勉強法なので、

ぜひ実践してみてください。

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いじめ相談の2つの目的

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いじめの事を相談したいけど、誰に相談したらいいか分からない、

と思っている人は結構います。

なぜ誰に相談したら分からないかというと、

そもそもなんで相談したいのかが自分でも分からないから

という理由が挙げられます。

ですから、まずはいじめの事を相談する目的をはっきりさせる必要があります。

 

いじめの相談は目的別に考えてみると大きく2種類に分類できます。

1つはケアで、

精神的に疲労が溜まっているから、誰かに話を聞いてもらって楽になりたい、

というものです。

保健室の先生やカウンセラーに相談する際はケアを受けることができます。

自治体で設けているようないじめ相談窓口はカウンセラーに委託していることが多いです。

それとケアで一番期待できるのは親です。

普段は怒ってばかりの親だとしても、

わが子がいじめられたとなっては結構ちゃんと味方になってくれます。

 

いじめ相談のもう1つの目的は、いじめの解決です。

精神的なケアでなく、現実でいじめられなくなりたくて相談する場合は、

いじめを解決するために実際に役に立つことを考える必要があります。

担任の先生に相談すればいじめっ子を叱ってくれるかもしれませんし、

警察、弁護士、探偵などに相談すれば、法的処置をとってくれます。

ただどちらの場合もいじめの事をよく理解しておかないと効果が一時的なものになってしまいます。

一生いじめで悩まないようになりたければ、

いじめを学び、自ら成長するのが最も確実です。

 

いじめの相談はケアと解決の2つに分かれると書きましたが、

どちらが良いということではなく、自分に必要なものをバランス良く選ぶといいです。

ただ、いつまでもいじめが続くという場合は

いじめを解決するという方向性をより多く取り入れた方が良いです。

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友達作りは最初の一人が一番重要

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いじめから身を守るには味方が必要です。

味方の数が多いほど守りは堅くなります。

しかし、現時点で友達がいなかったり少なかったりした場合は

いじめを防げないのかというとそうではありません。

 

友達がいなければつくればいいのです。

それに、いきなり何人も同時につくる必要は無く、

まずは一人と仲良くなって、

そしたら今度は別の人と仲良くなって、

というふうに、少しずつ増やしていけばいいのです。

 

この最初の一人は一番重要です。

なぜなら友達が一人出来れば、二人目以降はとても楽に友達になれるからです。

最初にできた友達にはおそらく何人か友達がいるでしょう。

最初の友達と一緒にいれば、その人達とも仲良くなれる機会が自然と生まれます。

それに、自分が友達と仲良くしている姿を見れば、

他の人も自分に対して良い印象を持つので、仲良くなりやすくなります。

 

また、友達が一人いると自信が付きます。

その自信は無意識のうちに外に現れ、

それを感じ取った人は、

あなたは友達に恵まれるくらい魅力的な人なのだと無意識レベルで認識します。

人は魅力的に見える人に集まるので、

自信がついて魅力が上がれば、友達が出来やすくなります。

 

ですので、初めから友達を何人も作ろうとして悩むより、

まずは最初の一人と仲良くなることを考えてください。

 

では、その最初の一人を誰にするか?

が問題になると思います。

 

学校のクラスには何十人もの人がいますが、

誰でもいいわけではありません。

例えばあなたをいじめる人やそのいじめっ子グループのメンバーは

最初の友達とするには難しいです。

 

最初の一人はもっと簡単な人が良いです。

自分と友達になってくれそうか見分けるコツは、

普段から自分に対して挨拶をしたり、優しくしてくれる人を探すことです。

みんなに対して優しい人や、自分と趣味や性格が近い人は、

あなたと仲良くなりたいという意思を、目立たないように伝えてきます。

それが挨拶や気遣いや表情に現れます。

言葉として友達になろう!とは言ってこないので分かりにくいですが、

相手が自分に対して好感を持っているかは、注意して観察すれば分かってきます。

 

人を観察する上で気を付けなければならない点は、

いじめっ子の前ではあなたに対する態度が変わる場合があるということです。

いじめられている人と仲良くすることは、いじめのターゲットになる可能性が上がります。

ですから、いじめっ子が見ているところではあなたに対してよそよそしく振る舞うことがあります。

相手が本心では自分の事をどう思っているのか知るには、

いじめっ子のいないところでの態度を見る必要があるので、

注意してください。

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