私たちはいじめに惹かれている

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私たちはいじめに惹かれている

というと不快感を覚える方もいると思います。

しかし、一般には「いじめは悪い」とか「いじめ反対」と言われているにも関わらず、

多くのいじめが複数人または集団全体で一人を攻撃する構造になるのはなぜなのでしょうか。

 

いじめの現場では、直接関わらないが周りで見て面白がる人がいます。

これは人間には、人が傷つく姿を見たがる習性があるからです。

 

これは昔から存在することです。

例えば、古代ローマではコロセウムと呼ばれるところで人間同士を殺し合わせるショーが大人気でした。

他にも、世界中で公開処刑には多くの見物人が集まりました。

現代でもテレビ、マンガ、ゲーム、映画などいたるところで暴力シーンが見られます。

 

もちろんいじめを実行する人も、観ているだけの人もいじめを楽しんでいます。

いじめは退屈な日常を紛らわせてくれる、刺激的なショーなのです。

 

そんな人たちにいじめをやめてくれと頼んでも無駄です。

自分がされて嫌なことは相手にもしないというルールは

どんな相手にも通用するわけではありません。

 

いじめは国や時代を超えて、人間という種全体に見られる現象です。

これが意味しているのは、個人にとっていじめを行ったり観たりするのが

生存に有利になるために進化したということです。

 

また、いじめに対して快感を覚えることは、

いじめを行ったり観たりすることを促す効果があります。

 

いじめは自分より弱いものに対して行われます。

これによって自分の力を誇示し、見せしめにできます。

これは集団内での自分の地位を高く維持することにつながります。

 

観衆は、いじめられているのが自分ではないということを確認して安心感を得たり、

周りでヤジを飛ばして盛り上げることで

自分はいじめる側の味方だという立場を表明して、

次のターゲットに選ばれないように努力することができます。

 

ただ多くの人はそんなことを意識しているわけではありません。

これはある程度遺伝子レベルで誰にでも備わっているものだからです。

 

いじめを考える際は、倫理や道徳だけを規準にするのではなく、

このような人間の性質を考慮に入れることも重要です。

そしてそれを踏まえた上で解決策を考えていくのです。

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